ロンドン 傷顔 スカーフェイス
ロンドンで傷顔になった。英語でスカーフェイス(scar-faced)という。目の下5ミリを10針ほど縫う怪我だった。あと少し上を切られていたら間違いなく失明していただろう。そう…怪我をしたのではなく切り付けられたのだ…。それも自分の住む家(エンプティハウス)の中で…。
クレーパリーで働くようになり、毎晩ワインでご機嫌になったところで深夜の帰宅。 家に帰ってからもチキンを焼いて1杯引っ掛けながら食事を済まし寝る。当然朝は遅い。 そんな日々を送っていたある日の昼過ぎ…
「ガンガンガン!」
…眠っている僕の耳に玄関の扉を何か固いもので殴りつけてるような音が飛び込んできた。
昼間はクリフも現場労働者達も仕事に出かけていてハウスにはいない。
二日酔いもあり少し朦朧とする意識の中、廊下まで出て玄関を覗いてみた。
ドアが丸ごと室内に飛び込んできた。
男二人が大声を出しながら階段を駆け上がってくる。
「Where are they!(あいつらどこだ!)」
何が何だかわからない…。
首元を締め上げられる…。そして再び
「Where are they!(あいつらどこだ!)」
次の瞬間、僕は顔を両手で覆ってその場にうずくまっていた。
…そして意識を失った…
…どの位の時間がたったんだろう…
帰宅したシェアメイトに起こされた時間もわからないから何時間たったのかもわかるわけがない。
気が付いて立ち上がった僕は顔面に「ツッパリ感」を覚えて洗面台に向い鏡を見た。
…そこには、顔半分血だらけになった僕の顔があった。
…また気を失った…。
クリフが戻ってきて事態を見て驚き、とりあえず病院に行った方がいいということで素直に病院に行って傷を縫ってもらった。
病院の対応は淡々としていて、 症状を診てすぐに、まるで洋服のほつれを縫うようにちゃちゃっと傷を縫ってしまった。 10針ほど縫って端に抜糸用の白いビーズのようなプラスティックの球を付けておしまい。 僕は支払いを気にしていたが、結局お金はかからなかった。
…イギリスは「揺り篭から墓場まで」だったよね。
縫ってしまえばビーズがついているのと切られた所が赤い線を描いているだけで、 気分も悪くなければ痛みもない。
その日もクレーパリーに行ったのだが、みんなに「帰って休め」と言われ仕方なく ウッドグリーンに戻った。
帰ってみるとキッチンでクリフが吠えまくっている。
よくよく聞いてみると今件の発端はアレックスがバーで暴れて何人かボコにしたらしく、その報復に違いないという。
「報復のためにアラブ人を雇ってお前を襲いに来たんだよ! 奴らは10ポンドで何でもする!mit はその巻き添えを喰ったんだ!」
クリフのこの主張にアレックス(Alex)は 「そうかな~。でも可能性高いな~。弱ったな~」くらいの反応ではっきりしない。
最後は激昂したクリフが
「こんな奴らと一緒に居られない。ミットを連れて出ていく!」
と啖呵をきって話は終わった。
そしてその週末には僕とクリフは本当にウッドグリーンのエンプティハウスを出た。
イギリス出国
クリフとフラットを借りて生活を始めた。 今まで家賃がかかってなかったので分らなかったが、 結構ロンドンの家賃は高い。 バチュラータイプのフラットだからもちろん狭い。 前みたいに一人一部屋ではないのでプライベートがない。
僕「クリフ、ロンドンで生活するの大変だね。」
クリフ「みんなそうしてるんだしこれが普通だよ。」
とクリフは涼しげだ。
だが内心エンプティハウスを失ったのは痛かったはずだ。
しかし僕には他にも迷っている事があった。
そう、もうそろそろ滞在期限が迫っている。
クレーパリーでは
「ダンカン(Duncan)にビジネスビザ取ってもらえよ。俺はそうしてもらったぜ。」
とエイブラハム(Abraham)達は言ってくれていたが、当の僕としては、
・ヨーロッパに旅に出たいんだよね~。
・ロンドン家賃高いんだよね~。
今まで家賃がかかってなかったので貯金もできたが、 フラットを借りてからはちょっと苦しくあまりお金が貯まらなくなっていた。
オーストラリアと比較してどうってわけではないが、 やっぱり、のどかさや、暖かさや、物価の安さというのには魅力や憧れがあり、ギリシャ、トルコ辺りでのんびりしてぇ~。っていうのが本音だ。
ロンドンで永住ってのも響きはいいが、 もうちょっとあれこれやってからにしたい。 ビジネスビザを申請してもらえるのはラッキーな事だと思ってるが、 それはオーストラリアでも思った事で、その時僕は現在の旅を選んでいる。
ダンカンに
僕「戻ってきたら、また雇ってもらえるかな…。フランスで腕あげてくるからさ。」
ダンカン「まあいいだろう。」
と軽い約束をしてもらい、クリフに別れを告げ、 赤いスポーツバックを片手にロンドンを後にした。